2019年5月4日土曜日

宗教史学研究所 第69回研究会

宗教史学研究所
第69回研究会

日時:2019年6月1日(土)13:00~18:00
会場:東洋英和女学院大学院 六本木校舎 201教室

12:30~ 開場

13:00~ 発表1
久保田 浩
「越境の想像力―境域としての宗教的ユートピア/ディストピア」
「越境」をヒントに宗教史的諸事象を考える際の一つの可能性を、境界の「向こう」の世界を「こちら」にいながらにして如何に構想・想像し得るのかという問いを導きの糸として考究する。(「死後世界」とは異なり)現実の世界と断絶しておらず、時間的・空間的連続性(つまり、到達・実現可能性)を前提とした宗教的な理想世界・ユートピアを想像するという営為を、「向こう」の世界と「こちら」の世界との「境域」形成の試みとして捉え、宗教史における「越境」性の構造の一端を明らかにする。具体的には、1930年代のドイツ語圏において、とりわけ文化的かつエスニック・アイデンティティの確立を希求する社会状況の中で提出された(宗教的)ユートピアの諸構想(母権性社会、アトランティス、アーリア人の原社会、民族教会、見えざる教会等々)を素材として論じ、「向こう」の世界へ「越境」しようとする(「境域」形成の)試みから、「こちら」の世界の特徴を逆照射する。

14:10~ 発表2
鶴岡 賀雄
「「宗教」を越える:ライモン・パニカーの試行」
ライモン・パニカー(Raimon Panikkar, 1918 – 2010)は、インド出身の父親をもつカタルーニャの宗教思想家。哲学、化学、神学を学び、カトリックの司祭となるが、30 才台でインドに渡りヒンドゥー教、仏教を本格的に研究、アメリカの大学で長く宗教学を教える。1987 年、バルセロナ近郊に自身の研究・活動施設Vivarium を設立、同地で没。キリスト教、ヒンドゥー教、仏教、自然科学(近代思想)をともに肯定する世界観の構築、および実践を目指し、複数の言語で数十冊の著作を著す。欧米(とくにカトリック圏)では高名だが、日本ではあまり紹介されていない。一つの宗教伝統を越え、複数の宗教伝統を生きることの可能性を、理論的・実践的に探究したその試みの内容、意義、問題性について、「神-人-宇宙的(cosmotheoandric)経験」、「多元論」、「神話」、「リズム」、「解釈」等、思想構築の鍵概念を検討することで考察する。

14:50~ 発表③
細田 あや子
「メソポタミアのアーシプによる神像の「口洗い」儀礼」
メソポタミアでは宗教儀礼の実践と医術のそれは多分に重複していた。それら双方の領域にまたがる職種に従事していたのが、アーシプ/マシュマシュと呼ばれる職能者である。彼らは神殿や王宮での儀礼のほか、病気の診断、治療、薬の調合、占いや予言など、多方面にわたることに通じていた。そのなかで本発表では、神像の「口洗い」という儀礼を取り上げる。これは、新しく神像が制作されたとき、あるいは破損した神像を修復する際、神像の口を洗うという所作を中心とした儀礼である。儀礼執行者であるアーシプにより、口洗いとともに口開けの行為もなされ、物体としての像に生命が宿ることとなる。とくにアーシプが二日間にわたって、人の手により作られたものを「天において生まれた神」(唱えごと文書4, 23a: Walker and Dick 2001: The Induction of the Cult Image in Ancient Mesopotamia: The Mesopotamian Mīs Pî Ritual, Helsinki, 163, 184)へと変容させる過程に着目する。アーシプは生と死の領域を越境する・越境させる権能をもつと考えられる。本発表では口洗いなどの所作と唱えごとを伴う儀礼文書を検討して、事物に生命を付与し生死をつかさどるアーシプの能力や技について考察する。

15:30~ 休憩

15:50~ 発表4
深澤 英隆
「「芸術宗教」と「宗教芸術」―宗教と芸術の臨界」
ドイツ・ロマン派の周辺で生まれた用語に「芸術宗教」(Kunstreligion)というものがある。それ以来、主として芸術作品や芸術制作を絶対化し、宗教に代わってそれらを聖化しようとする近代の潮流をさして、批評的にこの語が用いられることが多い。これは一見したところ宗教の芸術への越境・転移であるかに見える。その場合、この出来事を実体性ある宗教と実体性ある芸術との相互関係・相互転換とのみ捉えることは不適切であろう。むしろそこでは、宗教の概念と芸術の概念が対照されることによって、両者の領域の境界が新たに引かれ、両者の再定義がなされると見るべきであろう。本発表では、19 世紀末以来キリスト教に反旗を翻したドイツ民族主義宗教運動、とりわけその「美学的」潮流を取り上げ、近代に発する芸術宗教的動向と、新たな実定的宗教の創設というできごとが交錯するなかで、宗教と芸術が再定義され、「宗教芸術」と「芸術宗教」が交差し、相互転換するプロセスを解明することとしたい。

16:30~ 発表5
林 淳
「近代の非僧非俗―鴻雪爪の肉食妻帯論」

17:10~ 発表6
渡辺 和子
「『エサルハドン王位継承誓約文書』(前672年)による越境の諸相」
アッシリア王エサルハドンが前672 年に発行した『エサルハドン王位継承誓約文書』(ESOD)は、当時ほぼ最大版図に達していたアッシリアの領土およびアッシリア支配が及ぶ地域に配布された。その目的はエサルハドンの死後に生じる王権の空白期間に、息子の一人アッシュルバニパルをアッシリアの、また別の息子シャマシュ・シュム・ウキンをバビロニアの王とすることを守らせることであった。そのため、アッシリア内外の要人を呼び出してそれを守ることを誓約させ、その内容を記したESOD の書板を誓約者ごとに持ち帰らせて書板そのものをそれぞれの神として守ることを要求した。ESOD には、軍事力だけでは十分な統治力・抑止力を発揮し得ない広大な領土と、言語、宗教、文化などにおいて多様な背景をもつ人々に対して、王位継承の誓約を守らせるために、様々な境界を越え出る画期的な工夫がなされていた。さらに2012 年に公刊されたESOD の「タイナト版」は多くの新事実をもたらしたと同時に、ESOD 研究の新たな局面を開いた。

17:50~ 総括
(*発表順、発表題目は変更される場合があります)