近年、良質なユダヤ教の入門書が、しかも翻訳書ではなく国内のユダヤ教研究の第一人者による書籍があいついで出版されている。これらの日本語書籍の最大の特徴は、日本におけるユダヤ教理解の現状と問題点を著者自身がよく認識していることである。用語解説や参考文献も充実しており、調べ物をするうえでも重宝する。ユダヤ教入門の優れた翻訳書もたくさんあるが、ここでは割愛する。
市川裕『宗教の世界史7 ユダヤ教の歴史』(山川出版社、2009)
ユダヤ教の歴史を概観した概説書。「ユダヤ教の歴史」というテーマの書籍はこれまでもあったが、聖書時代の「古代イスラエルの宗教」に記述の多くが割かれていた従来の傾向とは明らかに一線を画し、エルサレム第二神殿崩壊後の「ラビ・ユダヤ教」の歴史(中世および近現代)の記述を中心とする。巻末の付録が充実している点も魅力。
勝又悦子・勝又直也『生きるユダヤ教 カタチにならないものの強さ』(教文館、2016)
ユダヤ教の宗教的な特徴や重要な人物についての説明を主眼とし、実際の生活の諸相に迫ることをテーマとする。巻末には日本語で読める主要なユダヤ教関連の文献が列挙されている。
山本伸一『総説カバラー ユダヤ神秘主義の真相と歴史』(原書房、2015)
ユダヤ教の神秘主義(カバラー)についての概説書。テーマは限定的だが、カバラーをユダヤ教の枠にとらわれない広がりを持った現象として描いており、現代のカバラーについても言及している。巻末にユダヤ教の用語解説がついている。
事典
翻訳書も含めて、日本語で読める事典はあるが、『岩波キリスト教辞典』や『岩波イスラーム辞典』に比肩するような、包括的で参照しやすいユダヤ教事典はまだない。『(岩波?)ユダヤ教辞典』を作ることは、日本のユダヤ教研究者が共有すべき使命である。
以下、英語の代表的な事典を挙げる。
Encyclopaedia Judaica, Second Edition
(22 vols., Macmillan Reference, 2006)
一般にEJと略される、ユダヤ教研究の最も重要な事典。現在は第二版(基本的には初版への加筆だが、記述が訂正されている箇所も)。
The Oxford Dictionary of the Jewish Religion
(Oxford U.P., 1997、2011)
一冊でまとめられたポピュラーなユダヤ教事典。EJでは情報が多すぎる場合にはこちらがおすすめ。
Jewish Encyclopedia
(KTAV Pub. House, 1906)
http://www.jewishencyclopedia.com/
オンラインで全文無料公開されているので便利(書籍媒体の方には挿絵や図版あり)。ユダヤ教関連のWikipediaに転載されているケースもある。
The Encyclopaedia of Judaism, Second Edition
(4 vols., Brill, 2005)
さまざまなテーマの論考を集めたタイプの事典。例を挙げると「Astrology and Ancient Judaism」や「Orthodox Judaism」などの項目が並ぶ。特定のテーマについて論文を書くときには特に重宝する。
(注記)
*ヘブライ文字をローマ・アルファベットに翻字するとき、「Johanan」と「Yohanan」のように、表記方法が異なるケースが多々ある。目当ての用語が見つからない場合は、お手数ですが索引を見てください。
*日本語表記も一定ではない。「カバラー/カバラ/カッバーラー(やや古)」など、カナ表記も揺れがある。日本ユダヤ学会のHPではカナ表記について標準表記方法が提案されているが、これは表記の統一を義務づけるものではない(http://www.jewishstudiesjp.org/hebrew.html)。カタカナを使うのか訳語を使うのか(「トーラー」/「律法」)、どの訳語が適切なのか、という問題は残されており、やはり『ユダヤ教辞典』の企画と完成が望まれる!
データベース
ユダヤ教研究では研究上のデータベースや資料のオンライン化が進んでいる。ここでは特にポピュラーで使いやすいものを挙げていきたい。
Rambi
http://aleph.nli.org.il/F?func=find-b-0&local_base=rmb01&con_lng=eng
(上は英語ページ)
ユダヤ教研究の論文検索エンジン。ヘブライ語と英語で検索可能。
Merhav
http://web.nli.org.il/sites/NLI/English/Pages/default.aspx
(上は英語ページ)
イスラエル国立図書館(The National Library of Israel)の検索エンジン。
The Responsa Project
バル・イラン大学(イスラエル)企画のユダヤ文献データベース(有料)。オンライン版とUSB版がある。
Sefaria
https://www.sefaria.org/?home
ヘブライ語聖書、ラビ文学をはじめさまざまなユダヤ教のテクストが読めるオンラインデータベース(無料)。すべてではないが英訳つき。アプリもある。
Ktiv
http://web.nli.org.il/sites/nlis/en/manuscript
(上は英語ページ)
2017年に開始されたばかりのイスラエル国立図書館の写本データベースで、ユダヤ教研究者のあいだで話題になっている。デジタル化されたさまざまな写本をオンラインで閲覧することができる。
HebrewBooks.org
http://www.hebrewbooks.org/
ニューヨークのSociety for the Preservation of Hebrew Booksが運営するサイト。印刷版の膨大なヘブライ語文献をPDFでダウンロードすることができる。ヴィルナ版バビロニア・タルムードも閲覧、ダウンロードが可能。すべて無料。
The Bezalel Narkiss Index of Jewish Art
http://cja.huji.ac.il/browser.php
ヘブライ大学(イスラエル)のThe Center for Jewish Artが運営するユダヤ美術の最大のオンラインアーカイブ(無料)。古代から現代までのさまざまなユダヤ教美術や写本を閲覧することができる。