2017年5月31日水曜日

第65回宗教史研究会

宗教史学研究所 第65回研究会

2017 年 6 月 3 日(土) 13:00-18:00
東洋英和女学院大学大学院201教室

プログラム

13:00-14:30
発表1 比留間 亮平(東洋英和女学院大学非常勤講師)
「ルネサンスにおける魔術と占星術の対立:ピコ・デラ・ミランドラの『提題集』と『占
星術駁論』より」
<概要> イタリア・ルネサンス全盛期の 15 世紀末、若干 24 歳であった若き哲学者ピコ・
デラ・ミランドラは『提題集』において自身の野心的な企てを公表した。それはヘルメ
ス思想やカバラーなど、当時新たに「再発見」された魔術的学知を哲学と神学の全分野
に導入し、それを改革することで、真のキリスト教哲学・神学を構築しようという極め
て大胆かつ危険な試みであった。彼のこの意図は「魔術とカバラー以上にキリストの神
性を我々に確信させる学知はない」というテーゼに要約されている。しかしピコはこの
数年後、『占星術駁論』において学問としての占星術とそれに従事する占星術師たちを激
しく攻撃し、占星術を尊敬されるべき学問としての地位から追放すべきと主張した。歴
史的にもピコのこの批判はこの後数世紀にわたって続く占星術への科学的批判の最初の
一撃とみなされている。同じ人物が一方では魔術思想を高く評価し、しかし他方では占
星術を強く批判するなどということがなぜ生じたのであろうか。本発表では当時の占星
術の理論枠組みを簡単に確認した後、ピコの世界観における魔術と占星術の位置づけを
考察する。

14:40-16:10
発表2 津曲 真一(東洋英和女学院大学非常勤講師)
モノとしての仮面
<概要> 仮面に関する研究は長い歴史を持ち、宗教学でも様々な議論が展開されてきた
が、従来の仮面論を牽引してきたのは、そのペルソナ的側面、即ち人格や個性、社会的
役割、さらには近代的自我の同一性としての「仮面」を巡る論考であった。だが、この
場合の「仮面」は必ずしもモノとしての仮面とその着用を想定したものではない。人間
がモノとしての仮面を用いず、素顔のままで内的な変容を経験するという事態と、物理
的なもので顔を被覆することで新たな性質を帯びるという事態の間には乖離がある。
 モノとしての仮面を使用するとき、着用者は物質性を帯びた仮面に直接、身体をとお
して働きかけ、同時にその物質性に思考と行動を規定される。仮面はその特有の形態・
材質・質量・匂い、着用時の身体感覚などを通じて、着用者に直接働きかけるのである。
では、モノとしての仮面がその装着者に付与する宗教的な役割とは何か。本発表では人
間と物質の関係を整理したうえで、チベットの宗教伝統に於ける仮面の使用を事例とし
て取り上げ、仮面の物質性(Materiality)が着用者に与える影響について検討し、また仮
面着用者を観る人々の意識についても若干の考察を試みたい。

16:30-18:00
発表3 木村 武史(筑波大学准教授)
「ロボット・AIはいかなる意味で宗教学の研究対象になるのか?―テクノ・アニミズ
ムか人間観の更新か―」
<概要> ここ数年、次世代ロボット技術と AI の発展が注目を浴び、それとともにロボ
ットや AI が持つ哲学的・倫理的課題が国内でも取り上げられるようになってきた。例え
ば、最近では、国内でも次のような著作がある。久木田・神埼『ロボットからの倫理学
入門』(2017)、久保明教『ロボットの人類学』(2015)など。発表者はほぼ 10 年前の松村・山中編『神話と現代』(2007)に「ロボティックスの神話学とロボエシックスの萌芽」という小論を発表して以来、断続的にロボット・AI を宗教学の見地から取り上げ、主に海
外の学会で発表を行ってきた。最新の論文は”Robotics and AI in the sociology of religion: A human in imago roboticae” Social Compass vol. 64 (1) 2017: 6-22 である。本発表では、海外の研究者が日本のロボット研究に神道・アニミズムの影響を見てと
る論考や発表者の今までの研究を紹介しながら、現代社会におけるロボット技術や AI
が宗教学的にどのように議論が出来るのかを試論として取り上げてみたい。特に、神霊
と人間との間を媒介する「モノ・事象」という観点から、ロボット・AI という特殊なテ
クノロジーを見るとはどのように考えられるかと検討してみたい。